やばいと言っていいのは出川哲朗だけ

うちの職場で女子高生がアルバイトをしている。
働き始めてもう2年が経とうとしているが、前々からちょっと気になっていたことがある。

 

 

  ーーーこの子はひょっとして相当アホなんじゃないか?---

 

 

 

ゆとり世代最後の小学校生活を過ごした彼女の思考回路が全く以って不明である。

 

 

 

1.年間を通してへそ出しである点

アルバイトを始めてもうすぐ2年になるということで出勤時の服はいやでも目につく。
共通していることは上着の丈が短いのだ。正確に言うと、ちょうどへそが見える丈のシャツを着ることを好んでいる。

春も、夏も、秋も、冬も、雪の日も。

私「おへそ出して寒くないの?」
JK「大丈夫です。私、寒さに強いので。」

…母さん…日本の季節感はどこに行ったのでしょうか…??

 

 

2.恐ろしいほど数字が苦手な点

「私、数学が苦手なんです。」(JK談)

数学が苦手な人は大勢知っている。方程式がダメとか、確率論がダメとか、そういう人はたくさんいる。

私「ねぇねぇ…50%引きセールと半額セールと5割引きセールで一番安いのってどれ?」
JK「もぉ~馬鹿にしないでくださいよぉ~」
JK「…」
JK「…」
JK「…」
JK「…50%引きセール?
私「えっ?」
JK「えっ?うそうそうそうそ…5割引きですよ~!」
私「えっ?」
JK「…半額?」

 

こういうレベルですら微笑ましい範囲で、30000円から10円を引いたら29000円になる等、仕事ではなく、日常生活に破綻をきたしているのではないかというほどの破壊力を持っている。

 

 

3.やばい 点

何かにつけてリアクションが「やっば」。
ミスをすると「やっば」。怒られても「やっば」。褒められても「やっば」。美味しいものを食べても「やっば」。あんまり美味しくなくても「やっば」。何か感想を求めると返事が「やっば」。とにかく「やっば」。

スタッフA「こないださぁ~のどが痛くってさぁ~病院行ったら内出血してたって!」
JK「やっば」
スタッフA「やばいでしょ?しばらく声出してないもん」
JK「やっば」
JK「…で、内出血って何?」
スタッフA「え????」
JK「やっば」
スタッフA「いや、やばいのあなただって…」

もはやすべてが「やっば」で済まされてしまう。

きっと、JK同士の会話って
JK甲「昨日ね、帰りに○○とマック行ったの。」
JK乙「やっば」
甲「そしたらね、隣のクラスの△△ちゃんと××君が一緒にいてね~」
乙「やっば」
甲「そう、やばいよね」
乙「やっば」
甲「やっば」
乙「やっばーーーー」
甲「やっばーー」
乙「やっばーーーーー」
甲「やっばーーー(笑)」
乙「やっば(笑)」
みたいなんだろうなと思う。

 

「ヤバいのは君たちだ」と言ってやりたい。

 

そして、その「やっば」が職場の衆の笑いのツボにハマったらしく、女子高生に対し、ことあるごとに「やっば」「やっば」と返事をしてやっているのだが、本人は自分の感性が受け入れられていると思って喜んでいる模様。

 

 

4.日本語が不自由な点

「やっば」で一目瞭然だが、日本語が怪しい。漢字が書けないを通り越して誰かの残した伝言メモの内容を理解できない。自分がメモを書くと今度は誰も理解できない。

呼び出してメモの内容を聞くと、「やっば。読めないんですか?」。

 

 

 

単純作業だけならなんとかできるこの女子高生が今後どうやって自活していくのかが微塵も想像できないのだが、それ以上に彼女が将来、詐欺にひっかからないか、日常生活を普通に送ることができるか、心配でならない。

トイレにウミガメが現れた日

三日ぐらい前からお腹が張っている。

 

食欲もあまりなくて、なんか食べても満腹というより、「ギブ…ギブ…もういい!」みたいな感じになっている。

 

そういえば、四日前から出ていない。出ていないって、そう、あのお通じ的なアレ。

 

さすがに昨日昼ご飯を食べた後で、自然にトイレに行きたくなった。
すでにもよおしていて、そう、あえて言うならデパートの催物会場で北海道物産展をやている時のあのオープン直前の緊迫感。我こそが先にあの店に行って…のあの永遠のスタート直前の緊迫感。もう、誰かがすぐにでもフライングしたらダーッと皆後に続きそうなほどの緊張状態。

 

 

 

…あれ?フライングする選手がいない。

 

…便秘の後にありがちな硬いやつだ…あの強敵に違いない。これまでに数回出くわしたことのある強敵。

 

下腹部に力をこめるが、なかなか生まれない。難産だ。腹式呼吸をしてヒーフー言いながら格闘すること10分。相手は手ごわい。

 

数年前の同様の時のコツを思い出す。硬い強敵はちょっとほぐしてやるといいんだ。ちょうどお尻の穴のちょっと上側、尾てい骨との間に柔らかいところがあって、そこが待機場所になっているっぽい。そこをもみほぐすと多少柔軟性を帯びて出やすくなる。

 

…硬い…コッチコチ。でも、もう頭が出かかっている。下腹部に力をこめるたびに一瞬気が遠くなるようなめまいがする。立ち眩みみたいなやつ。目の前が暗くなる寸前で力を弱め…また下腹部に力をこめ…を繰り返す30分。ある意味危険なマスターベーションである。窒息プレイってこんな感じなんだろうなって思いながら一心不乱に力をこめる。「頭が出てきたよ!もう少しいきんで!」って医療ドラマだったら行ってくれるんじゃないかって程の変な汗をかきながらの作業。このまま脳の血管キレて死んだらすごく情けないと思うほどの迫力。

 

 

 

…50分経過。

 

お母さん、ダメでした。生まれませんでしたよ。

 

でも、頭だけ出ちゃっているからどうにもならない。どのくらい出ているかはわからないけれど、処理をしなければ…トイレットペーパーをぐるぐると手に取り、まさぐる。あ、小さい…ってか、ほとんど出ていない…そのまま慎重に腰を上げ、出かかっている硬いやつを押し込む。少なくともスタートラインの向こう側に押し込む。優しく、でも力強く。満員電車にあと一人を押し込む駅員さんのように私の指は頑張った。

 

 

 

戻った。

 

 

 

戻ったよ。良かったよ。でも、押し戻したのって初めてだよ…これ、本当にいつか産まれるのかね?え?なんて思いながらベッドで横になった。もう動きたくない。動いたら出ちゃう…いや、出なくて困っている…もう涙目になりながらベッドでスマホポチポチしている。別に何かを調べるんじゃなくて、もうなんか他のことに意識を集中させたくて、ひたすらパズルをやっていた…

 

 

 

!!!来た!!!第二波!!!

 

 

 

よろけながらトイレへ。第二ラウンドです。座ったとたんに来た。オープン寸前の催物会場。最前列はロープ際でいざ行かんとしている状態。後ろから「押すなよ…押すなよ…」の瞬間に下腹部に力をこめた。

 

ンーーーーーーーーーーー!!!!!

 

 

 

脳の血管が数本切れた気がして、一瞬気が遠のきかけた瞬間、

 

 

 

ボトッ…なんとなく重量感のある音がお尻の下で鳴る。これはたぶんデカいやつ。硬いやつ。トイレットペーパーと一緒に流すと詰まる可能性があるので見ないままに先に流す。さよなら。私の分身。グッバイ。

 

 

 

もう、ウミガメの産卵クラスですよ。トイレに鏡こそ無いものの、たぶん涙流しながら顔を真っ赤にして汗だくの私がそこにいる。出すものを出し、ホッとした私は拭いて立ち上がった。

 

 

 

硬いやつ流れてなかったーーーーー!!!!!

 

 

 

そうか、ボトッと音がしたのは水の溜まっているところに滑り落ちずに半分丘にしがみついた音だったんだ!!!

 

それはそれは長さ20センチ、太さは3センチはあろうかという立派な一本物だった。力強さすら感じるその巨木は流れに対抗して残っていた。あまりにフォトジェニックな光景だったので写真に残すことが自分の義務ではないかと思うほどに立派なものであった。(撮らなかったけど)

 

そのあと三度目の水流で無事に流れて行ってくれましたとさ。

 

 

 

そして翌日…翌日もまた、産まれた。今度は安産。昨日の子ほどではなかったが、10センチくらいのたくましいせがれ。

 

 

 

この状態があと何日続くのかはわからない。

わからないけれど、私の肛門はもうゆるゆる…明日も安産であることを祈ろう。

”一人暮らし=おしゃれ” という幻想

…ピピピピッピピピッ…←目覚まし時計の音
「うーん、朝かぁ…」
「早くしないと1限目に遅れちゃうよ」
「あーーーでも、もうひと眠り…」
「ダメダメ!早く起きないと!」

 

 

90年代前半の高校生のころ、いわゆる月9を見て育った私はそんな大学での一人暮らしの朝を想像していた。
眠い目をこすりながら起きて、カーテンをバッと開けて朝日をからだじゅうで浴び、コーヒーをドリップして、ベランダの手すりにもたれながらブラックコーヒーを飲む感じ。
わかる人は少なくなってしまったかと思うが、東京ラブストーリー江口洋介有森也実の朝の様子みたいな感じ。

 

 

 

 

…当たり前だけれど現実は違っていた。
一人暮らしの現実は「朝の洗濯」だった。
ゴーッ…ゴーッ…と回る二槽式洗濯機の泡を眺め、洗濯物を干し、ご飯は焼かない食パンか炊飯器の残りの白飯とふりかけ。
そこに「早く起きて!」なんて語り掛けてくれる恋人の姿はなかった。

  

洗濯をして、ご飯を食べて、大学に行く。
帰って寝て起きての繰り返し…洗濯を頑張った4年間だった。

 

 

 

 

…そして数年後、無事に大学を卒業し、無事に就職した私は新天地へと引っ越すことになった。
生まれて初めてのフローリング。ちょっと狭いものの必要なものがすべてそろった自分だけの城。そして窓の外に見えるのは見渡す限りの畑であった。
東京ラブストーリーのような生活は幻であることは知っていた。
大学の4年間で気が付かされた。私は単に世間知らずだったのだ。
ドラマのようなことはない。おしゃれな生活などこの世に存在しない。

 

その春、最初の洗礼は国際電話の請求書の誤解を解くことだった。前の利用者がイスラエルに電話をしていた(多分ダイヤルQ2というサービス)らしい。社会人はグローバルだなと思った。

 

…その夏の朝、出勤しようとしたら玄関を開けたところにセミの死体があった。
田舎にはよくあることだけれど、別の日にはカブトムシの死体があった。

 

…その秋の夜、深夜に呼び鈴が何度も鳴った。そして扉をドンドン叩きながら大声で泣き叫ぶ女性の姿があった。私の知らない名前を何度も叫んでいた。

  

トラブルの多い社会人1年目の住まいだった。

 

 

 

 

次の春には転勤でその地を離れた。
今度はもっとド田舎。電車もない、バスもない、そんな田舎。
格安の木造平屋一戸建てを借りて住んだ。内装は質素でログハウスのようだった。トイレに換気扇がついていないことを除けばおしゃれな田舎生活に見えた。

 

…部屋の中で蟻の行進を何度も見た。シロアリの巣立ちも見た。布団の中でムカデも見た。

 

 田舎の木造一戸建ては借りてはいけないと思った。

 

  

 

 

転職して、ちょっと都会のちょっとおしゃれなちょっと広いワンルームに引っ越した。
そのころに結婚してちょっと広いワンルームで二人暮らしを二年ほどしていた。

 

ちょっとしたボタンの掛け違いで離婚し、一人暮らしを再開してしばらくした朝、玄関先の傘立てに包丁が置いてあってびっくりした。

 

 今もその包丁は記念に飾ってある。
おしゃれな生活に玄関横の包丁は似合わない。

 

 

 

 

その後、今の住まいに越してきた。
わりと都会のわりと広い2DK。
現在もなお一人暮らし。
 

 

あるのは現実と現実と現実…。

 

 

この #私の一人暮らし のキャンペーンを見てふと書いてみたくなった。
これまでの一人暮らし歴。

 

 

最後に折角だからドラマの中のおしゃれな生活の真似をしてみた。
朝起きてコーヒーでも淹れてベランダから外を眺めるかな、とカーテンを開けたら雪が左から右に吹っ飛んでいた。…春なのに。

 

 

やっぱりおしゃれな生活などこの世には存在しない。
おしゃれな生活はドラマの中でだけらしい。

はじまめして。

久々にブログなんてものをやってみようと思いました。

 

昔は日記を毎日更新するHPなんか持ってたり、よく行くカレー屋さんのシフトを目視で記録するサイト作っていたり、家の近所のどうでもいいことを上げまくるブログをやっていたりしたのですが、とんとご無沙汰。

お仕事が充実してしまったのか、不精な性格が現れてしまったのかわかりませんが、今度こそはちょっと続けてやろうかなって気になったので開設してみました。

 

お仕事のfacebooktwitterやブログはやっているんですけど、なかなかぶっちゃけ話を書けない。うん。そりゃそうだ。それ、大炎上事案ですから。全力謝罪記者会見になっちゃうから。

 

そんなんで匿名をいいことに日々の雑感をごにょごにょ書いてみたいと思っています。

 

知っている人が見たら「あ!あいつこんなこと書いてやがる!」ってなるだろうけど、今の世の中簡単には引っかからないよ。たぶん。きっと。